Over Line~君と出会うために
 彩に教えられた自宅の近くまで車で迎えに行って彼女と合流すると、そのまま、目的の場所へと向かった。全く知らない道ではないが、道がわからなくてうろたえるという醜態を晒したくなくて事前にナビにも登録してきたから、無事に目的地付近へと到着する。会場自体に駐車場はなかったから、あらかじめ調べておいた近くのパーキングに停めた。
 雨は朝よりは小降りになっていたが、それでも、傘を差さずに歩けるほどではない。
 誰にも見つからないといいなぁ、と思いつつ、貴樹は車を降りて傘を開いた。
 一応、貴樹は変装になっているのかいないのかもわからない伊達メガネを掛けて、帽子を目深にかぶっている。いつもの緩く編んだ三つ編みを隠すのは無理だが、何もしないよりはマシだ。……たぶん。
 雨が降っているから傘の下まで覗きこむような人間もそれほどいないだろうし、会場に自分を知っている人間がいるとも思えないし、この程度で何とかなるだろう。
「ねえ、あなた、目が悪かったの?」
「いや……えーと、これはオシャレです」
 へらへらと笑って、何でもないことのように装ってそう誤魔化す。
 車の中での会話は、思っていたよりもはずんだ。最初こそ敬語で喋っていたものの、それはすぐに気安い空気に変わった。話題は他愛もないものでしかなかったけれど、そんな当たり前のことがひどく嬉しかった。
 ここまで来ても、彩は本気で貴樹が芸能人であることに気づいていないらしい。それはそれで新鮮で、嬉しくて、このまま知られないままでいたいと思っていたりするのが、本音だ。そして、そんな時間が無粋な誰かの手で壊されることがないといいな、と思う。できる限り目立たないようにしようと決めて、彩と並んで会場へ向かう。
 貴樹の変装の言い訳を、彩は特に疑ってはいないらしい。そのことにほっとしている自分が何だか情けない気がしたけれど、すぐにそんなことはどうでもよくなった。
 会場に着いてイベントの看板を見た途端、貴樹はやたら緊張して来てしまったからだ。
 ここに誘ってくれたのは、彩の方だ。だから、彼女は自分のこの趣味を馬鹿にしてはいないのだろうと思うことはできる。それでも、不安になってしまう。そのうえで早くナマの原画が見たいと気が急いてしまうのも手伝って、挙動不審になってしまったのである。
< 19 / 119 >

この作品をシェア

pagetop