Over Line~君と出会うために
「どうかした?」
「……いや、緊張して」
 彩が訝しげに尋ねたのに思わず正直に答えると、彼女は驚いたように目を瞬かせる。
「緊張?」
「うん、その……いろいろと」
 もごもごと言い訳をしているうちに、会場入り口まで辿り着く。
 雨のせいなのか、それとも、招待客しか入れないからなのか、それほど人はいない。落ち着け俺、と念仏のように唱えながら傘を閉じて水滴を払っていると、彩がカバンの中から小さなタオルを取り出した。
「これ」
「え?」
「東城くん、服、濡れてる。拭いておいた方がいいと思う。その服、すごく高そうなブランドだし」
「あ……そ、そう見える?」
 実を言うと、今日の服装はスタイリストに選んでもらったものをそのまま着て来ている。要するにズルをしているのだ。それは、自分に自信がないからだ。今の彩の言葉は自分のセンスを褒められているわけではないから喜んでも意味はないのだが、何となく嬉しくなった。
「うん、見える。東城くんって、最初のイメージとかなり違うね」
 彩がそう言い出したので、どきりとして彼女を振り向いた。
「そう、見えるかな」
「うん。前にも言ったけど、最初は、あまりいい印象がなかったし」
「……ごめんなさい」
「まあ、あのことはもういいんだけど。それに、今の方が楽しくて好きだな」
 好きだな、と言われて、貴樹は舞い上がりそうになる。
 彩の言葉はただの好意の表れにしか過ぎないのだとしても、それでも、そう言ってもらえるだけで嬉しかった。
「本当に、イメージがくるくる変わる人だと思うよ」
「そう……なの、かな?」
「最初はどこの馬鹿が来たのかと思ったんだけど……まあ、きちんと話してみれば、さほどでもないよね」
 さほどでもない、という言い方は、よくよく考えてみればそこそこ馬鹿だと言われているようなものに思えるが、貴樹にはそれは些細なことだった。
「そうかな」
「うん。面白いと思うし」
 面白い、というのが、喜んでいいのか悪いのかはわからないが、嫌われているよりはいい。
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