Over Line~君と出会うために
「順平ちゃん」
「あー?」
 しきりにパソコン作業をしていた天宮は、貴樹の呼びかけに反応してめんどくさそうに顔を上げた。
 ツアーのリハーサル中である。都内のスタジオを借りて、ステージ上での動きや音の打ち合わせを行う。ちょうどお昼時になったので、他のメンバーは連れ立って食事に出かけていた。
 急ぎの仕事が残っているということで休憩時間をずらした天宮と、何となく一緒に出そびれてしまった貴樹だけが、人気がなくなって静まり返ったスタジオに残っていた。
 天宮は作業を中断して貴樹の方へ向き直り、首を傾げる。
「何か用か?」
 貴樹が手にしているのは、もうすぐ始まるツアーの日程表だ。ぎっちりと書き込まれたそのスケジュールは、最初に見たときには眩暈がしたものだ。今は見慣れてしまったが、それでも、これをこなすことを考えると不安を覚えることも事実である。
「用っていうわけじゃないんだけど……。俺、ツアー行きたくないなぁって……」
「はあ?」
 天宮はすっとんきょうな声を張り上げ、右手で口に運ぼうとしていたコーヒーカップを取り落としそうになる。慌ててそれを両手で支え、今度は落とさないように怖々と傍らへ置いてから立ち上がると、いじけたように床に座り込んでいる貴樹の方へと足早に近づいてきた。貴樹を見下ろしてじろじろと眺めやってから、どういう意味なのかはわからない溜め息をつく。
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