Secret Lover's Night 【完全版】
ピンポーンとチャイムが鳴り、突然の訪問者に二人は訝しげに眉を寄せて顔を見合わせる。

「誰だろ…」
「さぁ?」

撮影まではまだ数時間ある。モデルにしては早いし、業者にしてもこんな時間に来るなどということは珍しい。勿論、スタッフならばチャイムなど鳴らさずに扉を開ける。
色々と思い浮かべてみるも、とんと見当がつかなくて。仕方なく立ち上がり、首を傾げたまま扉を見つめているメーシーの前に出た。

「そない怪しまんでも。俺が出るやん」
「あぁ、うん。お願い」

一呼吸置いて扉を開くと、そこにはスーツ姿の男が立っていて。どう見ても業者ではなさげな風貌に、晴人は思わず眉を寄せた。

「あの…こちら、JAGの事務所で間違いないですか?」
「えぇ、はい。見ての通りですけど?」

扉に掲げてあるプレートを指し、晴人は答える。

「あっ、そうですよね。ははっ。朝はよぉからすんません。カメラマンのHALさんって方にお会いしたいんですけど、こちらにいらっしゃいますか?」

カメラマンのハル
カメラマンの…HAL?

何度か頭の中で繰り返し、そして気付く。あぁ、自分のことだ、と。

「HALは…僕ですが」
「君がHALさん!?俺、モデルさんかと思ったわ」

途端に男の顔がくしゃりと緩んだ。

爽やかに短く切り揃えられた髪に、少し太めのきりりと上がった眉。涼しげな一重瞼の目元に、大きな口。

晴人には全く見覚えが無い人物で。首を傾げて固まっていると、後ろで会話を聞いていたメーシーが見かねて声を掛けた。

「王子、入ってもらったら?」
「あぁ…うん。取り敢えず…どうぞ?」
「おぉ!ありがとう!」

人懐っこそうに笑う男を招き入れ、晴人は思った。何だか嫌な予感がする、と。

応接室代わりの会議室で、テーブルを挟んで男と向かい合う。
にこにこと笑う男とは対照的に、晴人は撮影の時に見せる無表情を決め込んでいて。そこにアイスコーヒーを運んで来たメーシーが、ふっと短く息を吐いて晴人の隣の椅子を引き、男に尋ねた。

「僕もご一緒していいですか?」
「あっ、今度こそモデルさんですかね?どうぞ、どうぞ」
「どうも。でも僕、モデルじゃないですよ?ここのヘアメイクです」
「はぁー。こりゃまた結構なお顔立ちで」
「ふふっ。それはどうも」

思わず感嘆の言葉を漏らした男に、メーシーは柔らかな笑みを見せる。そんなメーシーを横目でチラリと見ながら、晴人は思った。相変わらず何を考えてるかわからない男だ、と。

「で、お客様のお名前は?」
「ん?あぁ、まだ」
「もー。何やってんだかね、うちの王子様は。失礼しました。僕は佐野と申します」

スッと名刺を差し出し、男が受け取るのを待つ。慌ててそれ受け取った男を、晴人はただぼんやりと眺めていた。

「ああっ!こりゃご丁寧に。佐野…「めいじ」さん?僕は吉村大介とゆうもんです」
「佐野「あきはる」ですよ、吉村さん」

にっこりと微笑み、メーシーは思う。まぁ、よくある話だ、と。

「これは失礼しました!すんません、学が無いもんでお恥ずかしい」
「いえいえ。よくあることですから。うちのHALとはどういったお知り合いですか?」
「いや、初対面…ですよね?」
「そうです、そうです。初めまして!」
「あぁ、はい、初めまして」

右手を差し出され、そのままにするわけにはいかず。自分の手よりもはるかにゴツイその手を握り、晴人は益々わからなくなる。

「あの…僕に用って?」
「あぁ!これ!これ見てください!」

そう言って、吉村と名乗った男はカバンの中から一枚の紙を取り出し、テーブルへバンッと広げて見せた。

「これは…」
「これ、撮りはったんHALさんですよね?」
「えぇ、そうですが…」
「この子!このモデルさん今どこに居りますか?会わせてください!お願いします!」

ガバッと頭を下げられ、二人は顔を見合わせる。何とも言えない微妙な空気が流れ始めた。
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