黒猫のアリア
最上階の部屋には十数名の隊員が厳重体制で警備にあたっていた。部屋に入った私に気づいた隊員が声をかける間もなく、部屋の横に取り付けられた窓ガラスが派手に割れた。きらきらと舞い落ちるガラスの破片の中から現れたのは――モルペウス。
鼻から上が覆われた仮面と、口元に浮かべられた笑み。闇夜から舞い降りたモルペウスに、警備隊は身構える。
「ついに現れたな、薄汚い黒猫め!」
「今日という今日は捕まえてやる!」
すぐさま飛びついた何人かの隊員を軽々と捻り上げるモルペウス。その様子にたじろいだ警備隊員を見渡すと、モルペウスは口元に笑みを浮かべたまま、べ、と舌を出した。
「ごめんねみんな。おやすみ」
モルペウスがそう言うより早く、私は隠し持っていたガスマスクを顔に当てた。次の瞬間部屋の中にパン、という爆発音が響き、大量の煙が舞った。その煙を吸った警備隊員が次々に倒れていく。強力な睡眠ガスだ。
警備隊が全員その場に倒れ、部屋の中には歯車の音だけが響いた。窓からの風が睡眠ガスを攫って行ったことを確認してからガスマスクを放り投げ、モルペウスに近づく。
「この作戦、私必要なかったんじゃない?」
嫌味ったらしく言いながら帽子を脱ぐ。長い髪がばさりと背中にかかった。
「そんなことないよ。コインちゃんが広場の方に注意を逸らしてくれたから、上手く準備ができたんだ」
手に持っていたものをモルペウスが私に投げて寄こす。私がいつも付けている仮面だ。
「ならいいけど」
それを受け取って目元に付ける。服は警備隊の制服のままだが、うん、落ち着く。