俺様編集者に翻弄されています!
「薫! もう! 探したのよ、あら、ユーリ先生じゃない」


 タクシーから派手な女が降りてきたかと思えば、後藤エミリーだった。その姿を目にした宮森はエミリーに気づかれないように小さく舌打ちをした。


 エミリーは悠里の姿を目に留めると、カツカツとピンヒールの踵を鳴らして、悠里にものすごい気迫で近づいてきた。


「ユーリ先生? あなた、氷室さんに何かなさったの!?」


「え……?」


 エミリーの目は冷たく細められ、凄まじい怒りの炎が燃え上がっていた。


「急に氷室さん、私の担当を下りるって言ってきたのよ! それに、出版社を辞めたって本当なの!?」


(え……? 辞めた? じゃあ、やっぱりあの封書は……)


 震える足をこれ以上支えきれずに、目眩がしてふらついた。そんな悠里の肩を宮森が素早く抱きかかえる。


「大丈夫? なんだか顔色が悪い……」


「だ、大丈夫です……」


「エミリー先生、彼女だって何も知らないんです。そうやって責め立てるのはやめてあげてくれませんか?」


 宮森に窘められて、エミリーは子供のようにツンと腕を組みながら押し黙って目を逸した。


「ふふ……初めて見た」


「え……?」


「あいつじゃなきゃダメだっていう作家……そこまで言われちゃ、しょうがないな」


 宮森は前髪をかきあげながら諦めたように言った。



「五番街だよ、M&Jパブリッシングだ」


「M&……?」

 悠里は聞きなれない名前に、ポカンとしていると、宮森が噴き出して笑った。


「あいつがニューヨークで勤めてた出版社だよ。まぁ、その会社に出戻ってるかわからないけど……当たってみる価値はありそうかな、今ならまだ直行便に間に合う。本当はこんな時、お餞別代わりに空港まで送っていってあげたいとこだけど、これから会議なんだよね……氷室のとこ、行くんでしょ? もう目がそう言ってる」


「宮森さん……」


「なんか、振られた気分だなぁ……でも、僕はまだ諦めたつもりはないんだけど、隙あらばって感じかな? じゃあね」


 宮森はそれだけ言うと、キーキーと憤慨しているエミリーを連れて背を向けた。


「あ、あの……ありがとうございます!」


 背中にかけられた悠里の言葉を受け止めると、宮森は再び歩き出した―――。
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