俺様編集者に翻弄されています!
 携帯を耳にあてがいながら、なんとも後味の悪い気分に氷室はいてもたってもいられなくなった。

 自分はニューヨークという街がどういうところか重々わかっている。けれど、悠里はきっと初めての土地で右往左往している姿が目に浮かぶ。そして、万が一事故にでも巻き込まれたら―――。 



『美岬、ここで賭けをしよう』


「はぁ? 何言ってんだこんな時に」


『こんな時にこそ……だよ。万が一、君たちが今日中に出会えなかったら―――』


 氷室はロディの思惑に固唾を呑んで耳を傾けた。


『彼女は美岬にとってそこまでの価値しかなかったということ、美岬にはこのまま私の部下としてM&Jに戻ってくるということでいい?』


「もし、出会えたら?」



『うーん、そうだね……日本に帰国してもいいよ。そして、美岬にこれ以上アプローチかけるのはやめる……これでどう?』


 氷室はなにか腑に落ちないような賭けに唇を噛んだ。そして、何かを思いついたといったふうに指をパチンとならして言った。


「もうひとつ、もし、俺たちが今日中に出会えたら……「忘我の愛」の英語版をニューヨークで出版してくれ」


『ええ!? そ、それは……かなり報酬としては―――』


「翻訳者なら腐る程いるだろう? それだけ俺はこれから必死になってあいつを探すってことだ。あんただって生半可な気持ちで条件出してきたわけじゃないだろ?」


『わ、わかったよ……条件を呑もう』


 そう言って互いに通話を切ると、氷室は舌打ちした。

 おそらく悠里の滞在しているホテルを聞いてもロディは教えてくれるはずもない。氷室は照明が灯り始めたニューヨークの街の向こうに悠里の姿を想い馳せた―――。
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