俺様編集者に翻弄されています!
 バタン―――。

 もうこれ以上走れないと限界を感じ、その手さえも離しそうになった時、悠里はとある小さなユースホステルの一室へ押し込まれた。

「はぁ……はぁ、はぁ」


 しばらく二人の乱れた息が部屋に響き、そして徐々に沈黙に変わっていった―――。



「あ、あの……本当に氷室さんですか? そっくりさんとかじゃ―――」


「はぁ? 何言ってんだ馬鹿、俺以外の誰に見えるんだよ」


 その口調、その声に悠里は氷室と認識すると、今度は全身の力が抜けそうな安堵に見舞われた。


「よ、よかった……私、氷室さんに会えたんだ」


 そう思うと一気に瞼が熱くなり、涙ぐみそうになって唇を噛み締めた。


(やだ、なんで涙がこんな時に、もっと氷室さんの顔見ていたいのに……)


「あ……」


「おっと、大丈夫か?」


 力が抜けると、膝からがくりと落ちそうになって、それを氷室が慌てて抱きとめた。


(そう、この匂い……もしかしたら、もう二度と嗅げないかと思ってた……氷室さんの匂い)


 悠里は自分の身体を支える氷室の腕にしがみつくと声を殺して泣いた。


 涙とともに溢れ出す感情は悠里にとって静かな安らぎを与えた。
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