柔き肌に睦言を
予想だにしない出来事に驚いたものの、長良井果歩のその行動は私の目を開くものだった。おかしいことではないのだ。少数派であるだけで、女から女への恋心も存在するのだ。当然といえば当然だ。女はいつだって優雅で繊細で叙情的で神秘的で、時にそれが扇情的で。男には無い魅力をこれでもかというほど持っている。私も魅せられて当然なのだ。
ただ、私も優雅で繊細で叙情的で神秘的で扇情的かというと、それは甚だ疑問であるのだ。
つまるところ、女としての魅力に乏しいゆえに、女らしさの匂い立つような睦美に心惹かれているのだと考えられる。するとこれは憧れなのか。恋ではないのか。いや、憧れも恋心の一種であろう。やはり、これは、恋。
意識しだすとどうしようもなくギクシャクしてしまうもので、睦美と目が合っただけで、喉の奥の胸のあたりから嬉しさや恥ずかしさが込み上げてきて息苦しくなるのだった。
今までもそれほど話したことは無かったのだが、それまで以上に話せなくなってしまった。ただ挨拶を交わす程度。それでも、睦美から「おはよう」や「バイバイ」の言葉をもらった日は夢見心地だった。
体育の授業も幸せだった。体操服に着替えるとき一瞬だけだがあらわになる素肌。豊満な胸を包む薄桃色の下着。これを目にできるのは、女ならではだろう。本当に、女で良かった。
しかし光陰矢の如し。睦美との中は進展も無いまま、卒業の日を迎えることになってしまったのだった。三年生も同じクラスだったというのに、自分の社交性の無さが心底嫌になる。
なればこそ、睦美の社交性がまぶしい。卒業式のあとの教室で私に声をかけてくれたのだ。
「しのちゃん、美大行くんだっけ?」
「うん」
しのちゃんと呼んでくれたことにどぎまぎしながら頷いた。
「すごいなぁ。勉強がんばってね」
「鈴本さんは」
「あたしは専門学校」
「そうなんだ。何系?」
「美容系。美容師目指すの」
得意気に胸を張る睦美の胸元はさらに魅力的だ。
「美容師、いいなぁ。私の髪も切ってほしいな、いつか」
「いいよ。あたしねぇ、しのちゃんは長いの似合うと思うんだ」
下からのぞき込むような上目遣い。これにやられない男はいないだろうと思われるほどの、魅惑の媚態。
直後、廊下から睦美を呼ぶ声がした。数人の女子が楽しそうに笑いあっている。
「じゃ、元気でね」
手を振ると、行ってしまった。
行ってしまった。私の女神。
ああ最後まで、なんて明るい笑顔をするのだろう。
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