柔き肌に睦言を
「ごめん、動かないって約束。でも体は動いてないでしょ。それに、描いてるのって、あたしの裸なんでしょ。もともと布は描くつもりないんでしょ?」
私は筆を置いた。わかっていたのか。私が布の下を想像で描こうとしていたこと。そして想像すればするほど自分の想像力の及ばなさに困惑していたことを。
「わかっているのなら、話が早いよ。確かに私は裸を描こうとしていた。布の下は想像で。でもね、こうして横たわる姿を前にして、その半身を起こした姿、なにも身につけない上半身がきれい過ぎて」
私は女神に手を伸ばす。髪に、触れそうだ。
「私の想像力なんか、まるで及ばない」
「そんなにほめてくれるの、しのちゃんだけだよ。ダンナにも言われたことない」
「そう」
「そうだよ。そんなキザなセリフ」
クスッと笑った。また布がずれる。
私は伸ばしたままさまよっていた手の行き場を見いだし、そっと女神の布を引き上げてやる。
「うらやましいんだ、こんなきれいな肌。豊かな胸も。私には無いものだから」
「あたしはしのちゃんのことうらやましいよ。スリムで背が高くて、あたしと真逆の体型」
「お互いないものねだりなんだね」
私は女神を見下ろしている。外からのほの暗い太陽光のみを浴びた体は、この上もなく柔らかく、私の瞳を射る。
「昔からだよね、そうやって目を細めて見るの。いつもあたしのことそうやって見てたよね」
私は半開きだった口を思わず引き締めた。
「知ってたんだよ。しのちゃんいつも見守るような目してた」
抑えようにもどうにもならず、唇が震える。
「あたしにだけだった」
うつむいた私の顔を覆うように黒い髪がサラサラと流れた。前髪をもっと伸ばしておくんだった。もっともっと覆って欲しかった。
「そんな顔しないで。やじゃなかったよ、あたし」
女神はちょっと首をひねるように傾げて、ぱっちりした目を向けてきた。そんな仕草だけですべて理解されて受け入れられたと解釈するほど、私はおめでたくは無い。だけどこの状況のすべてを、密室に二人きり、上半身は裸、触れられるほどの距離という状況のすべてが揃えば、判断も狂おうというものだ。
< 2 / 21 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop