柔き肌に睦言を
その日の放課後から、私は美術部の活動中に何度となく校庭を眺めるようになった。三階の窓からでも、鈴本睦美のふわふわとした足取りは良くわかった。なんて軽やかな女の子なんだろう。女子バスケ部の走り込みについていこうとしている彼女は、しかしいつも遥か後方に置いていかれてはいたが。
私は絵なんか手につかずに、彼女の姿を探していることが多くなってしまった。バスケ部の練習は基本的には体育館でやるのだが、ほとんど毎日のように十分かそこら校庭を走る。ただマネージャーの睦美は、必ずしも毎日走っているわけではない。なので私は、睦美の姿をその土ぼこり舞う校庭に見つけた日は、ちょっとした宝くじが当たったような幸せな得した気分になるのだった。
そうして睦美の走るのを眺めていると、同じように眺めている者が結構いることに気付く。ほとんどが男子生徒だった。気持ちはわかる。睦美はFカップだった。もちろん本人に確認したわけではない。しかし耳にした噂によればそうだったし、私の見立てでも、そのくらいはありそうだった。
それにしても、一体誰がそんなうわさを? 女子にありがちなガールズトークで、睦美自らが話したことが出回ったのだろうか。そうかも知れない。けれど私は別の出所が頭にちらついた。
睦美には一年生の時から付き合っている彼がいた。同学年で、男子バスケ部の主力選手だ。
「修二くん」
睦美が甘えた声で呼べば、
「なあに睦美ちゃん」
と、うれしそうに答える。私がこのベタベタなカップリングを知ったのは、睦美にバスケ部の勧誘を受けた一ヶ月後だ。
それは五月の連休の最終日のことだった。熱心な美術顧問のおかげで運動部並みの活動スケジュールを組まれた美術部員は、その日も律儀に登校していた。
熱心な顧問の指導に熱心に従ってしまった私は、他の部員達が帰ってしまった美術室を一人で掃除した。今日も日課のように、絵を描いている最中にちょくちょく校庭を眺めていたので、女バスの練習があったのは知っていた。念のため言っておくが、窓の外ばかり見ていたので熱心に指導されて掃除もさせられている、というわけではない。
ともかく、帰りになんとなく運動部の部室棟の近くを通ってみた。体育館裏に建つ二階建てには誰もいないようだった。もうみんな帰ってしまったのだろう。掃除なんかしてなければ、帰りに睦美の顔を見ることなんかはあったかも知れない。本当に、熱心に窓の外を見ないで熱心に絵を描くべきだったかもな。
そう思った瞬間、一階の窓のひとつに影が映った。曇りガラスなので誰かはわからない。思わずそろそろと近寄ってみると、扉横のプレートに「男子バスケ部」と書いてある。私はあわててくるりと背を向けた。すると、聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。いつも教室で背中越しに聞く、それはまさしく睦美の声だった。でも今日のはなんだか甘えた感じ。
私は絵なんか手につかずに、彼女の姿を探していることが多くなってしまった。バスケ部の練習は基本的には体育館でやるのだが、ほとんど毎日のように十分かそこら校庭を走る。ただマネージャーの睦美は、必ずしも毎日走っているわけではない。なので私は、睦美の姿をその土ぼこり舞う校庭に見つけた日は、ちょっとした宝くじが当たったような幸せな得した気分になるのだった。
そうして睦美の走るのを眺めていると、同じように眺めている者が結構いることに気付く。ほとんどが男子生徒だった。気持ちはわかる。睦美はFカップだった。もちろん本人に確認したわけではない。しかし耳にした噂によればそうだったし、私の見立てでも、そのくらいはありそうだった。
それにしても、一体誰がそんなうわさを? 女子にありがちなガールズトークで、睦美自らが話したことが出回ったのだろうか。そうかも知れない。けれど私は別の出所が頭にちらついた。
睦美には一年生の時から付き合っている彼がいた。同学年で、男子バスケ部の主力選手だ。
「修二くん」
睦美が甘えた声で呼べば、
「なあに睦美ちゃん」
と、うれしそうに答える。私がこのベタベタなカップリングを知ったのは、睦美にバスケ部の勧誘を受けた一ヶ月後だ。
それは五月の連休の最終日のことだった。熱心な美術顧問のおかげで運動部並みの活動スケジュールを組まれた美術部員は、その日も律儀に登校していた。
熱心な顧問の指導に熱心に従ってしまった私は、他の部員達が帰ってしまった美術室を一人で掃除した。今日も日課のように、絵を描いている最中にちょくちょく校庭を眺めていたので、女バスの練習があったのは知っていた。念のため言っておくが、窓の外ばかり見ていたので熱心に指導されて掃除もさせられている、というわけではない。
ともかく、帰りになんとなく運動部の部室棟の近くを通ってみた。体育館裏に建つ二階建てには誰もいないようだった。もうみんな帰ってしまったのだろう。掃除なんかしてなければ、帰りに睦美の顔を見ることなんかはあったかも知れない。本当に、熱心に窓の外を見ないで熱心に絵を描くべきだったかもな。
そう思った瞬間、一階の窓のひとつに影が映った。曇りガラスなので誰かはわからない。思わずそろそろと近寄ってみると、扉横のプレートに「男子バスケ部」と書いてある。私はあわててくるりと背を向けた。すると、聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。いつも教室で背中越しに聞く、それはまさしく睦美の声だった。でも今日のはなんだか甘えた感じ。