隣に座っていいですか?
チャイムを鳴らすと
桜ちゃんがクマのぬいぐるみを抱いてお出迎え。

「いらっしゃいませ、いくちゃん」

可愛い
可愛いから余計に不憫だ。

いっそうちの養女にしようか
あんな父親じゃ
この先どうなるか不安でたまらんわ。

ムカムカしながら
重箱を置き帰ろうと思っていると

「どうぞおあがりください」
桜ちゃんの小さな手が私を掴む。

「今日は帰るね」
顔が引きつってるから帰ります。

「お母さんとおはなししてました。いくちゃんもおはなししましょう」

って言われて足が動かなくなる

「お母さん?」

「はい」

お母さんって
あれ?来てるの?
会ってるの?

それならそれで
田辺さん言ってよ。
超恥ずかしい会話しちゃったじゃん。

「どうぞどうぞ」
より強く引っ張られ

つい
興味心が出てしまい
私も靴を脱いで上がってしまった。

桜ちゃんのお母さん。

あのへタレた男の妻。
夫と娘を捨て
出て行った妻。

あの夫はいいけど
こんな可愛い子供を残すなんて信じられないでしょう。

どんな顔してんだか
ちょっと見てやろうって

本当に
本当に軽い気持ちで

和室に足を入れて



私は

心から後悔した。

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