桜縁
「蛍や、最近の調子はどうだ?」
今はまだ敵とはいえ、藩主にすれば可愛い姪っ子である。
蛍は部屋で琴の練習をしていたようだ。藩主が来ると、その手を止めた。
「ええ、調子はいいわよ。」
「すまぬな。お前にもっといい相手をと思っていたのだが……、あの男がこの辺りで一番良かったんだ。」
「いいえ、そんなこと気にしてないわ。私と釣り合い男性なんてそうそういないし……、沖田様も十分魅力的な方よ。」
始めは長州のいい手駒を得るためと、長州から嫁いで来た蛍だったが、一目沖田を見た時に気にいってしまったようだ。
沖田のことを思うだけで、蛍の頬は紅色に染まっていた。
藩同士の戦略結婚が、返っていい方向に転んだようだ。
姪の満足そうな顔を見て、藩主も一安心だ。
「そうか、それなら良かった……!お前が気にいった相手なら、お父上も申し分はなかろう。それで、お前達はちゃんと仲を深めているのか?」
「……いいえ。でも結納期間だし、帰ったらいくらでも、仲を深めることが出来るから、それからでもいいわ。」
「蛍……。」
「これから先、ずっと沖田様と一緒にいるんですもの。これくらい我慢するわ。あ、それよりおじ様。侍女を一人付けてくださらない?」
「侍女?それなら、長州から一緒に来た者がいるだろう?」
長州からは、蛍の専属の侍女が数人来ていた。いまさらながらに、会津からの侍女はいらないはずだ。
「それがね……。どうも、侍女達が沖田様を気に入らないみたいなの……。沖田様も警戒されているのが分かってるみたいだし……、このまま沖田様に嫌われたら、私困るわ……。」
人の縺れで結婚前から仲が悪くなってしまったら、元もこもない。だから、蛍には会津側の者がどうしても必要だったのだ。
「そうか……、なら分かった。こちら側で用意しよう。」
「ありがとうおじ様。出来れば、立場とか身分とかそういうのに興味なさそうな女を一人寄越してちょうだい。民の声を聞くのにも調度いいわ。」
「分かった、そのようにしよう。」
それからしばらくの間、藩主は蛍の部屋に留まっていた。
一方で、誰も知らない場所で密かな動きがあった。
藩主の息子である【容保】一派が、藩主の近辺を探っていたのである。
部下の一人が容保の部屋へと入る。
「父上の様子はどうだった?」