桜縁
ビックリして飛びのく月。沖田はクスクスと笑っていた。
「どうしたんですか 月さん?」
まるで悪びれた様子もなく、笑いながら尋ねてくる沖田。
どうやら一敗くわされたようだ。
「なんでもありません!」
「そう?」
月は沖田を無視して、本物の墨で擦る。
「カブトムシとはまた……、何処から持って来られたのですか?」
月とは違い物珍しそうに、沖田に尋ねる蛍。お嬢様とは無縁の生き物だということだ。
「そこの手すりにたまたま、とまってたんですよ。」
「へぇー。そうです!少し息抜きに、庭に出て散策をいたしませんか?」
「散策?」
「ええ、きっと珍しい生き物がたくさんいますわ。そうだ!鯉などどうですか?」
「鯉ね……、喜んでお供いたしますよ。」
「では参りましょう。月は道具を片付けててくれるかしら?その後は下がってていいわ。」
「はい。」
蛍は沖田の手をとりながら、楽しそうに外へと出て行った。
月は言われた通りに道具を片付けるのであった。
その夜、月は沖田と過ごした時間のことを、蛍から聞かされていた。
「で、その後にケンパして遊んだのよ。」
「ケンパ?」
「あら、知らないの?宮廷遊びで有名なのよ。」
そんなこと庶民に言われても分かりません。
だが、蛍達にとっては当たり前のことなのだろう。
「そうですか、それは良かったです。」
「あら、もうこんな時間ね。そろそろ私は休むわ。」
蛍は立ち上がり、月は蛍の着物を脱がせて行く。
最初は重かった着物だが、今では慣れたものだ。
「では、私はこれにて、失礼致します。」
軽くお辞儀をして、部屋の障子を閉める。
暗い廊下をぼんやりと月が照らしていた。夜風に誘われるように、月は夜空を見上げた。
夜の闇を照らす一筋の光……。
とても綺麗だと思えた。もしかしたら、この世で一番美しいのは、夜空に浮かぶ月なのかもしれない。
月は仕事を終えると、離れにある湯屋へと向かった。
会津藩邸など大きな屋敷になると、別離に湯屋が建っているのだから驚きだ。
この時代に家に湯屋がないことは、民家では当たり前のことで、民達は家から近い湯屋へと足を運んでいたのだ。
新撰組でも湯に浸かる時は、離れにある銭湯へと通っていた。