月陰伝(一)
一瞬で固まってしまった二人を前に、どうするべきか即座に考える。

そして、結論は出た。

どうせ家を出るんだ。
二度と会うこともないだろう。
なら、今更隠す必要はない。
素の私を出しても問題はないだろう。

「荷物を取りに来ただけだから、すぐに出ていく」

それだけ言って、部屋に入る。
元々物を置かない主義な上、いつでも出て行けるように荷物は、ほとんどまとまっていた。
やる事と言えば、数着の洋服と学校の用具をカバンに詰めるだけだ。
それも、ものの十分で片付いた。
小さくまとまった荷物を玄関に運び出す。
すると、母が呼び止めた。

「話があるの」

仕方なく母と向き合う。
大した話ではないだろう。

「あんたには、私の妹夫婦の養女って事にしてもらうわ。
戸籍上は…だからどこに行こうが構わない。
私とは、関係のないところで生きてちょうだい。
それと、妹夫婦に迷惑を掛けないでね」

相変わらず勝手な人だ…。
聞かなきゃ良かった。

「何?お母さん、その人出てくの?」
「そうよ。
だから、新しい家族にも、この事は話さないでね」
「はぁ〜い」

こんな会話にも、今更何も感じない。
下駄箱の上に無言で家の合鍵を置くと、さっさと背を向けた。
その時、玄関が乱暴に開けられ、予想外の人の声が響いた。

「っふざけんなッ」
「っなッ…?」
「…っ煉…?」
「ッ貴様はそれでも母親かッッ」

学校では…いや、月陰の関係者以外の前では、優秀で品行方正なお嬢様で通っている彼女が、今は怒りをあわらに、母に食って掛かっている。

「っなにっ…何なの?!」
「お母さん、御影副会長だよっ…?
でも何で家に???」
「結華の親友として言わせてもらうッ。
貴様は親失格だッ。
二度と結華はこんな家族の元には帰さんッ。
養子先もこちらで決めるッッ。
サリファッ」

はっ?
サリーさん???

煉の後ろから顔を出したのは、本当にマリュヒャの家令のサリファだった。

「サリーさん…何で…?」

こちらが呆然としていると、サリファは、いつも通りの温厚そうな笑顔を向けてきた。

「もう大丈夫でございますよ、お嬢様。
お初にお目にかかりますマダム。
わたくしは、サリファ・ティアークと申します。
本日はある方の遣いで参りました。
失礼ですが、ここでは外聞が悪うございます。
お邪魔してもよろしいでしょうか?」
「…ええ…どうぞ」

訳がわからないながらも、母が家の中へと招き入れる。
サリファは、すれ違いざま、変わらずにこやかに笑いかけて心配いらないと言うように頷いた。
そして、さも当然のようにその後に続いて上がってくる煉夜を、見送りそうになって、慌てて掴みかかった。

「何で来たのっ!?」
「お前が勘当されたと言う話を聞いてな。
それも調べたら、理由はどうやら再婚するからだと知って、あの女を一発殴ってやろうかとな」

本当に何をしに来た!?


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