祈りの月
 その時の事を思い出すことを、レイアは自らに禁じていた。

 あまりにも、辛すぎる記憶だから。

 長く海を旅して、ラディア大陸の近くまで来た時、レイアはカイの意識に触れた。

 海に深い愛情を注いでくれる、人間の心。

 名前も知らないその人は、いつも海の近くにいて。

 命の消えた魚たちは、彼の手で海へ戻ってきた。

 一度でいいから、会って、話してみたい。

 自らの心を痛めながら、海に惜しみない愛情を注いでくれる人―・・・。

 長い孤独に、悲鳴を上げていたレイアの心に、カイの思いは強く響いたのだ。

 彼に会ってみたい。

 話がしたい。

 少しでも、傷を楽にしてあげられるなら・・・・・・。

 だから、月に『契約』を求めた。

 何と引き換えにしても、良かった。

 月が求めるならば、自らの命も体もささげてもいい。

 もう、何もいらなかったから。

 けれど、月が契約の代わりにレイアに約束させたのは・・・・・・。
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