ポケットに婚約指輪


「ここじゃ、ちゃんと話できない」


たっぷり私の唇を味わって、足腰が立たなくなっているのを確認してから、彼はようやく体を離した。

そのまま、手を引いて先を歩く。

今までと同じ。
いつだって、私の意志は後回しで。私は彼の動きにただ付いて行くだけ。


「鍵出して」

「……」


迷っていることも戸惑っていることも、追い立てられれば後回しになってしまう。

私が鞄から出して握りしめた鍵を、彼は奪うようにとって鍵穴に差し込む。


ガチャリ。

回った鍵穴の音に、ようやく後悔が湧いてくる。


私はいつもこうだ。
取り返しがつかないところに来てようやく気づく。


「菫」


中に入ったと同時に抱きしめられる。

鞄とコンビニ袋ががその場に落ちて、嫌な音をたてた。

飛び出した鞄の中身を拾いあげたいけど、体はもうガッチリと押さえつけられていて身動きがとれない。
そして彼の手は、躊躇なく私の胸元に伸びてくる。

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