ポケットに婚約指輪


「私、トイレ行ってきますね」


慌てて立ち上がり、トイレに一時避難。
まだ2杯めのビールに手を付けたところなのに、もう酔ってるのかしら、舞波さん。

困ったな、どうしよう。
刈谷先輩は前のめりになって頑張ってる最中だし。他の子達もそれぞれ気の合う人を見つけたのか楽しそう。
居場所がないなぁ。


 所在なげに戻ってくると、舞波さんはもう移動していた。仕方なく、私は元いた席に座る。このまま時間まで静かに飲んでいよう。

 なんとなく時々巻き起こる笑いに、合わせるように微笑みながらグラスを傾ける。話し相手がいないとどうしてもお酒が進んでしまって困る。


「同じのでいい?」

「え?」


 目の前に、大きな色黒の手が伸びてきた。残りあと少しになった私のグラスを指さし、頷くのと同時に店員さんを呼び止める。


「これ、もう一つ」

「えっとあの」

「あ、ミモザです」


グラスに入っていたものがわからず、戸惑っている店員さんにそう告げると、笑顔で「かしこまりました」と言われた。


「オレンジ、好きなの?」


 その男の人は、自分のグラスを持ったまま私の隣へと移動してきた。


「えっと、はい」

「ミモザって何とオレンジジュース混ぜてんの?」

「シャンパンです。口あたりが良くて美味しいですよ?」

「へぇ、ちょっと頂戴」


飲みかけの私のグラスから、返事を聞く前に一口飲んだ。
突然の行動に私は言葉が出ない。こんなこと気にするのも子供のようだけど、間接キスになっちゃう。

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