副社長は溺愛御曹司
プログラマの男の子の言葉に、熱いおしぼりで手を拭いながら、思わず低い声が出た。

開発フロアにはもうほとんど用はないはずなのに、現場の空気が恋しくなるのか、ふらっと遊びに行く習慣が、彼にはあった。

別に行ってもかまわないけど、行くなら必ず行き先を残していくよう、何度もお願いしてるのに。

時間があいた瞬間に思い立ってぱっと行ってしまうのか、私に伝言をくれたためしがない。



「あの人の書いたソース、いまだに使ってるけどさ、神だよ、ほんと」

「そうなの」



私には、プログラマとしての彼の能力は、よくわからない。

ただ、ものすごく優秀だったと、話に聞くだけだ。


紀子が戻ると同時に私のビールも到着して、改めて全員で乾杯した。

紀子が、中断された話題を復活させた。



「ヤマトさんの話? うちのプログラマも心酔だよ、神移植事件を目の当たりにしてたから」

「神移植事件?」



なんだろう、それ。

すると、目の前に座っていた、紀子とは別部署のプランナーの男の子が乗ってきた。



「まだ、ヤマトさんが事業部長になる前さ、あの人がメインプログラマとして作ってたPCソフトがあったんだよ」

「それが、発売後に好調だったから、コンシューマへの移植が決定したわけ」



コンシューマというのは、いわゆる家庭用ゲーム機だ。

普通、移植の時は、それ用にまたプロジェクトを立ちあげて、プラットフォームに合わせた修正をする。

けれどその時は、ヤマトさんの神業によって、それが不要となったらしい。

プログラマの男の子が、煙草を振りながら、ヤマトさんはさ、と楽しそうに説明してくれる。



「あらかじめ、コンシューマ用のコードを全部埋めこんで、あとから変換すればいいだけって状態にしておいたんだよ」

「バッチファイルひとつ実行しただけで、移植が完了しちゃったんだよね」



はあ、と目が丸くなった。

そんなこと、できるもんなの?

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