副社長は溺愛御曹司
昔から、この性格のせいで苦労してきた。

クラスの全員の名前を言えないまま学年を終えるなんて、しょっちゅうで。

覚えてしまえば、めったなことでは忘れないのに、覚えるまでには、長い時間と神経を使う。


はあ、と憂鬱なため息をつきながら、一日ぶりの煙草を、肺のすみずみまでいきわたらせるように、たっぷり吸った。


延大の友人の店で、そこそこ年齢も収入も高い層向けの、クラブ寄りのバーのようなここは。

下品でない雑多さが心地よく、周囲に話を聞かれる心配もなく、顔パスで入れることもあり、頻繁に利用していた。


そこそこ名のあるDJも来るし、VJも一定以上のレベルの人間を選んでいて、趣味がいい。

白い壁をスクリーンにして、音に合わせて幾何学模様が目まぐるしく形を変えるのを、ぼんやりと見つめた。


ああいう図形も、結局は、数式と座標だ。

ヤマトにとって、「数」は、友達のようなものだった。


抽出しただけの、膨大な数字の羅列でしかない生データも、目で追うだけで、頭の中でビジュアライズすることができる。

ちょうど、今壁で踊っている図形のように、ひとつの光点が、ふっと脳内に表れて。

目が数値を追うのに合わせて、よどみなく走りだし、必要に応じて、美しい波状の軌跡や、積みあがるバーを描いていく。


そこに、他のデータを重ねることもできる。

複数のデータを、足し引きしたりかけあわせたりするのも自由で、やろうと思うだけで、頭が勝手に処理してくれる。


そうして形成されるビジュアルは、そのまま記憶しておくことができて。

ヤマトは随時それを呼び出しては、ある一点の座標の数値を、かなり正確に読みとることすら、できた。

思いどおりになる世界。



「隣、いいですか?」



はっと我に返ると、女性のふたり組が、グラスを片手に声をかけてきたところだった。

元々、ふたりがけのカウチを向かいあわせた4人席だったので、どうぞ、と延大が礼儀正しく勧めると。

事前に打ちあわせでもしてきたのか、迷いもせず、各々が延大とヤマトの隣に座る。
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