副社長は溺愛御曹司
「甘いなあ、すずちゃん」
甘いですか、と目の前の人の完璧に清楚な爪を眺めながら返事をした。
壮絶なまでの美人、久良子(くらこ)さんは、CEOづきの秘書だ。
「秘書業務の醍醐味は、調教よ。役員を立てつつ、私たちの色に染めるのが、いいのよ」
今年30歳を迎える久良子さんは、それにふさわしい色気と達観を見せるくせに、どこか無邪気で奔放で、可愛らしい。
口元のほくろが最高にセクシーで、引く手あまただろうに、まだ独身だ。
CEOとヤマトさんがそれぞれ外出中の今、留守を他の秘書に託して昼食をとりに出てきたところだった。
「でも、それがすずちゃんのスタイルなんだよね。ヤマトさんも、嬉しいだろうね」
「どうなんでしょう。彼はいまだに、秘書というものをそれほど必要としていないみたいで」
オムライスの有名なお店で、マイペースにハヤシライスを頼んだ久良子さんは、スプーンをかちんとお皿に打ちつけ、私をきっと見た。
「あのね、言う時は、びしっと言わないとダメよ。役員には、私たちをうまく使う義務があるの」
「義務ですか」
「そう。秘書をフル活用できない役員なんて、二流よ。それをわからせてあげなさい」
あげなさいったって。
久良子さんみたいな百戦錬磨のプロとは、私は違うんです。
情けない思いでオムライスを口に運ぶと、あんまりわからないようなら、私が一発言ってやるから、と久良子さんが笑った。
こんな人に一発言われたら、ヤマトさん、超へこむんじゃないだろうか。
そんな事態にならないよう、私が頑張らなきゃ、と思った。