副社長は溺愛御曹司
「…背の高い、やせた人。声の細い」
「正解です。軽い坐骨神経痛とのことで、少し歩きづらそうにしてらっしゃいましたね」
次の名刺の社名と役職、氏名を読みあげる。
デスクに向かうヤマトさんが、腕を組んで、うーんと考えこんだ。
「ヒント」
「ダメです。降参ですね」
ちょっと待って、と言いつのる声を無視して、私は容赦なく答えを言った。
「色の黒い、小柄な方で、珍しい口髭を生やされてます。先月いらした時、コーヒーをこぼされた方」
「わかった、メタルブルーの、すごいネクタイしてた人だろ」
そういう一時的な目印は、覚えると逆に混乱しますよ、と指摘すると、だよね、と声が小さくなる。
私はヤマトさんの横に椅子を置いて座り、最近追加された名刺を手に、出題係を務めていた。
これは、私がヤマトさんづきになってから、時間を見つけては行っていることで。
あまりにヤマトさんが人の顔と名前を覚えられないので、ゲーム感覚でコツだけでも伝えられないかと始めたのだ。
ヤマトさんが、ほおづえをつきながら、感心したように私を見る。
「なんで神谷は、そんなにいろいろ覚えてるんだ?」
「私は、もとから得意なんです」
そうなのだ。
私は、顔と名前だけでなく、生年月日くらいまでなら、一度聞けば覚える。
誰もがそういうものだと思っていたのだけれど、どうやらそうじゃないらしいと気がついたのは高校生くらいの頃だった。
別に、この能力が役に立ったこともないので、特技とも認識していなかったんだけれど。
こんなところで、重宝するとは。