Blue Note ― ブルーノート
アノンの語調が鋭くなったのに対し、少年の目が怯える。



「熱が引かないうちに外で遊ばせるなんて、一体何考えてるんだ!!」



アノンは我を忘れて怒鳴っていた。シイカが泣き始め、その声で我に帰る。


「ごめんなさい」


少年が服の端をくしゃくしゃに握りながら、涙に滲んだ声を絞り出す。



「いいんだ、謝るのは僕の方だから」



子供を攻め立てたところで、事態は好転しないのに。アノンは少年に怒鳴った自分を惨めに感じた。



その後、ゆう君は救急車に運ばれ、シイカ達はアノンが自宅まで送り届けた。


家へたどり着く間、少年は何度も「死なないよね? ゆうは死なないよね?」と尋ねてきた。


その度にアノンは「大丈夫、すぐ元気になるから」と彼を宥める。 ゆう君の死ぬ可能性が0とは言い切れないが
涙目で真剣に尋ねてくる少年に向かって、



「君の弟は死ぬかもしれない」なんて、彼の幼い心を不安や責任感で押し潰すような言葉が言えるはずもない。



最後に、少年は足元を見ながら「ありがとう」と小さく言って母親の元へ走って行った。


親御さんには、ゆう君の搬送された病院と、その連絡先を伝えて、アノンは足早に去って行った。


雨が降りそうだった。 急いで帰らなければ、雨に濡れて自分が肺炎で倒れる。
速足というよりは、駆け足に近く、数分後には完全にダッシュしていた。



だが結局、家の道のりの半分にも満たない地点で、雨が降り出してしまった。


雨粒は小さかったが、霧のような雨で、少し通り過ぎただけでも、髪の毛がじんわりと湿った。


近くの建物の粗末な屋根で雨宿りをさせてもらう。



雨宿りをしながら「ありがとう」と、先ほどの少年の言葉を思い出す。 思わず笑みが零れるが、直ぐに口元を引き締める。


自分は何もしていない、あんな事医者じゃなくても、普通の人にだってできる。


だけどいつか、自分の手で患者を救って、あの少年のように「ありがとう」と言ってくれるような、そんな気持ちを患者にさせてあげれるような、そんな医者になりたい。



そう、心から思った。






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