ダイス




「存在しない存在だから」


新井は酷く低い声でそう告げた。


やはり彼の言葉は抽象的過ぎて何を言っているのか分からない。


「戸籍がないんだ」


言葉を発しない深水に、新井は静かに続けた。


「戸籍がない、存在していない人間をどうやって逮捕するんですか? 無理ですよね? 裁判も出来ない。こいつを殺した人間はこの世に存在しないんですよ」


俄には信じられない話だった。


言葉を発しないのではなく、言葉を失った深水に、新井は軽く微笑んでみせた。


「まあ、それでも貴方達はどうにか逮捕するんでしょうね。でも、そうなれば簡単にはいかないし、騒ぎは大きくなる。そうしたら雪音に迷惑が掛かる。


だから、見逃してもらえませんか?」



新井の言葉は酷く響いた。





一瞬の気の迷いで、人生は瞬く間に変貌を遂げる。






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