猫 の 帰 る 城




そこまで一気に話すと、彼女は身体を起こした。


窓の外から雨音が聞こえてくる。
いつから降っていたのだろう。気がつかなかった。

カーテンの隙間からかすかに漏れる明かりが、薄暗い部屋に彼女を浮かび上がらす。
肩が小刻みに震えているのがわかった。

それがわかった瞬間、僕は彼女を抱きしめていた。

細い肩に顔をうずめる。
小夜子の匂いがする。
涙を流している彼女とは裏腹に、僕は妙な安心感を覚えた。


小夜子はシーツを掴むと涙をぬぐった。
振り切るように頬もぬぐうと、息を整えた。
大きく深呼吸すると、静かに口を開く。


「今日、久しぶりに彼と会った。会ったら開口一番、結婚するって言われた。大学の時から付き合ってる例の人だって。ねえ、信じられる?無表情で、世間話でもするみたいな顔して言うの。吐きそうになった。こんなやつにずっと振り回されて、夢中になって、何を得てきたのかわからない。もっと可愛らしい恋をしてきたはずの何年もかけて、ただ無意味に汚い愛情を垂れ流してきたのかと思うと本当に吐き気がする。…まあ、結局家に帰って吐いちゃったんだけど」


小夜子がこちらに振り返った。

大きな瞳が僕をとらえて離さなかった。
鼻先が触れ合いそうな距離で、しばらくお互い見つめ合ったまま動かなかった。





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