猫 の 帰 る 城
「現実はかなり悲惨だった。自分のほかに付き合ってる女がもうひとり。しかもどう考えたって向こうが本命でわたしは二番手。だけど彼はわたしのことも好きだと言った。別れたくないとも言った。わたしは十七歳で決断を迫られたの。夢の続きを見るか現実に戻るか…。もちろん子供のわたしは彼の言葉を信じて、夢の続きを見ることにした。
だけど自分が二番手とわかった以上、本気で夢を見るのは怖くなった。だから悔しいふりをして、彼のほかに何人かと同時で付き合ってみたりした。けっこう本気で付き合った人もいる。この人なら彼よりも好きになれるかもしれない。いつもそう思ってみるけど、彼のように新鮮なドキドキをくれる人はいなかった。結局、子供なわたしはそれは彼を一番愛してるからだと思うことにしたの。彼以上はいない。わたしには彼しかいない。…わたしは本気で、夢をみてしまった」
小夜子は天井に向かって左手を伸ばした。
薄暗い部屋の中、薬指に浮かぶもの。
「だからこんなものを真に受けたの。彼にとってはわたしを繋いでおける気軽なものに過ぎなかったのに…。別にわたしが特別なんじゃない。彼は彼で、わたしのような子供を相手するのが楽しかったのよ。何をしても自分を尊敬のまなざしで見てくれる女。何も知らない子供。別にわたしじゃなくても良かった」
彼女は薬指からそれを外した。
外して自分の目の前に掲げてみる。
それから玄関のほうへ適当に放った。
放られた指輪は音をたててフローリングを転がった。
その瞬間、小夜子の中の何かが壊れたようだった。
大きく一息ついて、吐き捨てるように口を開いた。
「最初は、子供のわたしが精いっぱい大人のふりするのが面白かっただけ。それからわたしは高校を卒業し大学に入学して、子供から大人になる過程を楽しんだ。高い洋服やアクセサリーを買って、わたしを着飾った。
だけどわたしもあと数か月でハタチになる。いよいよ本当に大人になる。もうドライブデートってだけではしゃがないし、お洒落なイタリアンもいくつか知ってる。お酒も飲むし、セックスもする。わたしは大人になることが彼に近づくことだと思っていたけど、彼は違うの。わたしが大人じゃなくなる度に、わたしのことを必要としなくなっていく。彼が見せるものに驚かなくなったわたしは必要ない。自分との交際が夢でもなんでもない、ただのまやかし、わたしは二番目。それに気づけばわたしは用無し」