猫 の 帰 る 城
それでも、日を追うにつれ、思いを馳せるだけでは足りなくなっていった。
僕の身体には、彼女との生々しい記憶がいつまでも鮮明に刻まれていたのだ。
そのすべてが、ときどき津波のように押し寄せてきて、たまらなく彼女が欲しくなった。
彼女の唇の柔らかさも、肌の白さも、僕の腕の中で鳴く甘い声も、漏れるため息も、熱い胸も、額ににじむ汗も。
それらすべてが不意に蘇ってくる。
あまりの生々しさに、気がおかしくなりそうだった。
僕は記憶の中の彼女に欲情していた。
大学の講義を受けながら、街の通りを歩きながら、朝の情報番組を見ながら、すました顔で僕は記憶の中の彼女に欲情していた。
誰も知りえない僕のこころの奥底で、彼女の肌と、匂いと、声と、息遣いを、僕は繰り返し思い出していた。
初めのころは、それだけで充分だった。
しかしだんだんと、日が経つにつれ、それだけでは物足りなくなった。
彼女をもっと鮮明に感じたいと思うようになっていたのだ。
そのうち、僕はひとつの方法を思いついた。
傍に彼女がいなくとも、記憶の中の彼女を、もっと鮮明に、まるで、いま目の前で息をしているような感覚を覚えるほど、より生々しく彼女を感じることが出来る。
それは書くことだった。
小夜子を文字にして描くことだった。
大学の講義を受けているとき、突然押し寄せてきた彼女の記憶にたまらなくなって、その記憶をテキストの端に殴り書きしたのがきっかけだ。
深い考えなど何もなかった。
ただ、衝動に駆られるままに彼女の記憶を文字にした。
それだけだった。
しかしそれが、思わぬことになった。
僕のこころの中に彼女が現れたのだ。
僕がペンを走らせると、僕の頭の中で彼女が動きだした。
息をして、言葉を話して、微笑んで、時には息を荒げて、白い肌が熱をもって、僕だけを見つめている。
頭の中で、確実に、僕の小夜子は生きていた。
僕が目を閉じ、彼女を描けば、それが現実になる。
記憶は鮮明な現実として甦るのだ。
僕の胸は彼女のぬくもりを感じることが出来たのだ。
僕は夢中で彼女を書いた。
何でもない紙の切れ端でも、ペンが走れば小夜子は現れた。
僕が小夜子を書けば書くほど、現実の世界から目を背け、素晴らしい過去をもう一度再生することが出来るのだ。
僕は書くことを止められなかった。
止められなくなって、歯止めのきかないまま書き続けた。
そして書く続けるにつれ、僕の部屋の机は小夜子を描いた紙で溢れていった。