猫 の 帰 る 城
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それから、僕はなんとなく真優との関係を重ねていくことになる。
正確に言えば、ずるずると、当てのない関係に引きずりこまれていった。
真優の言うことは正しかった。
このまま記憶にすがって生きてなどいけないし、いつかはそれを断ち切らなければいけない。
だがそれは、真優と関係を持つこととは少し違う気がした。
はじめ、僕はそう断った。
記憶を断ち切ったとしても、小夜子と同じ熱量を持った感情は、これからもきっと抱けない。
それだけは確信できたからだ。
確信しているのに、真優と中途半端なことはできない。
しかしそのようなことを言っても、真優は引かなかった。
「難しいこと考えなくて、利用すればいいんだよ」
僕がイエスというまで、真優は帰ろうとしなかった。
二杯目になるスプモーニを飲みながら、淡々と続ける。
「本気で恋愛しようっていってるんじゃないよ。ヒロは暇つぶしみたいな気持ちでいいの。それがいずれ、違う形に変わればいいなって、あたしは思ってる。小夜子さんとだって、始まりはそうだったわけでしょう」
確かに小夜子とのきっかけも、曖昧なものだった。
なんとなく関係を続けていくうちに、次第にこころを支配され、深みにはまり、ついには抜け出せなくなった。
しかし利用すればいいと言われると、かえって気がひける。
僕はそう言ったが、やはり真優はきかなかった。
「…あんな傷つけかたしたんだから、ちょっとくらい、わがまま聞いてよ」
閉店時間が近づいたころ、真優はぽつりとつぶやいた。
その声は少しだけ震えていて、僕の罪悪感を膨らませる。
顔をあげた真優は泣いていなかった。
決して、泣かなかった。
「…あの頃は、自分の全部をかけてするものが恋愛だと思ってた。だけど、もっと割り切った恋愛だってあっていいと思うんだ。もう、あたしたち、子供じゃないし」
そう言って僕を見上げる真優の目は、どこか寂しげで、彼女をこうしてしまった責任は自分にある、そのことがずっと引っかかっていて、ついに僕は折れた。
ほんとうに罪滅ぼしの気持ちだったのか、正直に言うと少し違う。
真優の言うように、形はどうであれ、別の人間と関わることが、少しは記憶の依存から抜け出せるきっかけになるかもしれない。
先が見えぬまま、思い出の中の彼女とこのまま生き続けてしまう恐怖から逃れたかった。
ただ、それだけのことだった。