ラブランディング
「どうだ沖くん、新しいデスクの居心地は?」

どう返答していいのか迷っていると、課長の声に救われた。

「はい、ありがとうございます課長。麻田先輩にいろいろと丁寧にご教授いただいていたところです。良い先輩と組ませていただけてとても感謝しています」

さっきと同じ丁寧で柔らかい物言い。ほんの10分前までは、これが猫をかぶっているのだとはわからなかったけど、今ではただ圧倒するばかり。

ご教授って、大げさでしょ‥ちょっと座っただけなんだから、言い過ぎだと思うけど‥

でも課長はすっかりご機嫌で、そうかそうか、と嬉しそうに頷く。

「麻田くん、午後の仕事は他のものに頼んで、今日は沖くんにフロアの案内をしてやってくれないか?」
「え?でも、今週のプレゼンのデータが‥」
「良い良い、それも新人のいい経験になるだろうから、私から池上くんにでも話しておく。よろしく頼むぞ?」

課長のこの気の入れようは、すっかりこの子に丸め込められたか、この子もいわゆる「仕事のデキる」男なのだろう。

うちの課長は優しいけど実力主義で、これだけ気にかけてるってことはきっとこの新人にかなり期待してるからというのがわかる。

はっはっは、と、漫画にでも出てきそうな笑い声で立ち去っていく背中を、少し恨めしく見てやる。沖くんにはそれがえらくおかしいらしく、くすっ、と鼻で笑う声が聞こえた。

「俺と二人っきりになるの、怖いですか?」

まただ。挑戦的な、いや、挑発的って言った方が合ってるかな、笑みを向けて、私を真っ直ぐと見据える目を逸らすことができない。でもそれは怖気づいてるとかじゃなくて、自分でもあるなんて知らなかった負けず嫌いな面を沸き立たせられるような、不思議な感覚。

しかも、こんな子供に。

自分を落ち着かせるため、そして、どっと出た疲れをリリースさせるために出たため息を、少し大げさに聞かせてやる。それさえも、この隣の男の子の笑いを誘うのだった。
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