聴かせて、天辺の青
車へと速足で歩き始めた私の視界の両端から伸びた手が、目の前で交差する。背中を覆われる感触と右肩に圧し掛かる重みと同時に、耳元に微かな息遣いを感じた。
「やめてよ、離して」
咄嗟に振り払おうとするのに、ぎゅっと抱き締められて動けない。しかも彼は何にも答えないで、さらに力を入れて抱えてくる。
意外な力強さに焦りを感じながらも、さっきみたいに『冗談』だとか言い出すんじゃないかと思うと腹立たしくて、力一杯腕を振ろうとした。
「何なの! やめてっ……」
叫んだ瞬間、息苦しいほどの力で抱き締められた。
声を出すことができないほどの力に、私の頭から『冗談』という言葉が消えていく。代わりに浮かんだのは『恐怖』
苦痛に息を漏らしたら、彼は腕の力を緩めた。ほっとする間もなく、耳朶に彼の唇が触れる。
不覚にも体が震えてしまうのは彼に対する恐怖に違いない。顔を背けるのに、彼は離れようとしない。
視界の端に見えていた彼の顔が、私の首筋に沈む。再び振り解こうとする私の耳元で、
「なあ、お願い……」
と彼は言った。
小さくて縋るような声が、抱き締められた体に沁みていく。