聴かせて、天辺の青
やがて、二階の廊下を行き来する足音が聴こえ始めた。本郷さんと有田さんも起きて、出勤する準備を始めたのだろう。
いつもは気にならない音なのに、階段を下りてくる足音にさえ胸がぐらついてしまう。
「おはよう、瑞香ちゃん来たんか? 今日は休みかと思っとったのに」
思った通り、和田さんの声。
昨夜の宴会のことを知っていて、今朝は私が来ないと思っていたらしい。だけど嫌味な感じは全くなく、寧ろにんまりと笑った和田さんの顔に安心させられる。
「おはよ、和田さん。そう簡単には休まないよ」
和室に入って定位置に腰を下ろした和田さんは、待ちきれない様子で箸を手に取った。そして食事を運ぶ私の顔を覗き込んで、くすっと笑う。
「昨日は遅かったんとちゃうんか? めっちゃ眠そうな顔してるやん」
「眠くないって、それより桜綺麗だったよ。和田さんも今度の休みに花見しておいでよ」
「そうやな、大橋渡ったとこの桜も綺麗に咲いてるで、毎朝花見してるようなもんやからエエわ」
和田さんの言う桜を私も見た。街灯に照らされた真っ白な桜の花が記憶の中から鮮明に蘇り、目の前にあるかのように映し出されてくる。
そして、私を抱き締めた彼の腕の力強さが、まだ体に残っている。