聴かせて、天辺の青

落ち着きを取り戻し始めた店内に、海斗が戻ってきた。未だ立ち尽したままの彼の背中を支えて、事務所へと足早に連れ戻っていく。



お客さんの会計をしながら店の外を窺って見るけど、あの女性客らの姿は見当たらない。もう去ってしまったのだろうか。あんなに怒鳴られたら、もう戻ってくることはないかもしれない。



だけど、どうして彼は怒ったのだろうか。
考えているうちに、会計を済ませたお客さんが店内から消えていく。



店内が閑散とした頃、パートのおばちゃんがやって来た。私の顔を見るなり口元に手を翳して、



「おはよう、藤本君と海棠君はどうしたの? 何かあった?」



と尋ねる。
きっと、二人が事務所で話しているのを見たのだろう。彼はまだ、さっきの表情で項垂れているんだと想像できた。



「いいえ、何にも聞いてませんけど……」
「そっか、深刻そうに話してたから。海棠君、辞めちゃうのかと思ったわ」



おばちゃんの言葉が胸を刺す。話す必要もないと思ってしらばっくれたのに、おばちゃんが少し寂しそうな顔するから。



それに、彼が辞めるなんて言葉を口に出したから。考えもしなかったけど、さっきのことで辞めると言い出すかもしれない。






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