聴かせて、天辺の青

英司が彼女を振り返って、ほんの一瞬。目で何かを告げたように見えた二人は、確かめ合うように頷いて私へと向き直る。
すっかり笑みの消えた英司の表情が、私に覚悟を決めるようにと言ってるように感じられた。



ほどなくして英司が口を開く。



「瑞香、聞いてくれるか?」

「え……、うん」



覚悟を決めるどころか、間抜けな返事。こんな時に声が裏返らなかったのが、せめてもの救いかもしれない。


きゅっと結んだ英司の口が、少しずつ緩んでいく。口元だけでなく表情も、固い蕾が開いていくようにゆっくりと解れて。



「彼女は佐倉さん、職場の後輩で……俺、彼女と結婚するんだ」

「はじめまして、佐倉です」



英司の紹介の後すぐに、滑らかで穏やかな声が響いた。恥ずかしそうな笑みを隠すように、彼女が頭を下げる。



動揺なんてしない。
英司の口から出てきた言葉は、おおよそ予想できていたから。予想を否定して欲しかった訳ではなく、予想通りの言葉に安心すらしてしまったのが本心。



私は待っていたんだと思う。
英司が彼女のことを話してくれるのを。



だから私は、英司を引き止めようとしていたのかもしれない。なんとかして話を途切れないようにして。



「吉野瑞香です、おめでとう」



私は大丈夫、自然に笑顔で返すことだってできる。彼女と目が合っても何の違和感はない。
むしろ、ほっとしているぐらい。







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