聴かせて、天辺の青

英司が困ったように目を伏せる。



「明日も出勤なんだ、もう忙しいのが当たり前にだから……時間があるときにと思って帰ってきたんだ」

「そう、無理しないで、ゆっくり休める時に体休ませてあげないと倒れるよ?」

「ありがとう、忙しいくらいの方がいいんだ、体が慣れてるから、急に休みが入ると変な気分になるよ」

「忙しいのに慣れるなんておかしいよ、ちゃんと休んでオンオフの切り替えしないと……ね?」

「そうしたいのが本音だけど、現実はそんなに甘くないんだよ、都合よくこき使われてる」



英司が笑いながら彼女と顔を見合わせる。
もう英司に対する気持ちなんて残ってないけれど、やっぱり寂しい。私の入り込むことのできない、私の知らない時間を過ごしてきた二人の関係を見せつけられるようで。



早く話を切り上げるのが英司のためでも彼女のためでも、さらには私のためでもあるとわかっているのに問いかけずににはいられない。
英司を引き止めたかった訳ではなく、単に浮かんだ疑問が消えないから。



『どうして、そんなに急いで帰るの?』
『忙しいのなら、どうして無理して帰ってきたの?』



口には出さないつもりでいるけれど、封じ込めている気持ちがちくちくと胸を刺激する。
英司の隣にいる彼女の視線に敵意は感じられないのに息苦しさが増していく。



私から別れを告げたなら、英司は笑って去っていくだろう。
それなのにできない。
とうに手放したはずなのに。



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