製菓男子。
僕がいない世界で、共通した思い出がある。
けれどそれは、だれにだってあることだから、気にすることではない―――はずなのだが、どうしてかまた、紫煙が身体中に充満しているようで、すっきりしない。
こっそりそれを逃がそうと息をつくと、藤波さんの瞳が僕をとらえて、蓮の花が綻ぶような笑顔になった。


「その騒動が起こったあと、兄は肺炎にもなっちゃって、入院することになったんですよ」


藤波さんは僕がわかる、説明をしてくれる。
思い出の共有を許してくれているようだ。


「発作でそうでなくても辛いのに、そのとき担当した看護士さんに相当酷い目にあわされたみたいで、“オレ死んだ”って思ったみたいです。すっごいドジな新人さんだったらしくて、“オレはもう入院しない”って思うようになったって言ってました。それがきっかけで今の兄になっていったんですけど、風邪を引くとそのトラウマが現れるみたいです。まぁ今じゃ滅多に引きませんけどね。五年振りでしょうか」


もとはといえばわたしのせいなのでと藤波さんは困ったように目を細めた。
藤波さんはどんな表情をしていても、じっと見つめてしまいそうになって、なぜかいらっとする。
不用意にとくんと鳴り出す、心臓のせいかもしれないが。


「じゃあわたし、行ってみますね」
「じゃあ、また明日ね!」


ミツキの言葉に藤波さんは会釈をして店をあとにした。
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