製菓男子。
「その昔ね、俺もツバサくんみたいに、人をすきになったことがあるよ」


過去形で話す塩谷さん。
定位置になりつつある作業台の角に腰かけて、オーブンのドアに映る自分の顔を見ているようだった。


きりっと痛む、心臓のところらへん。


この不快感の正体が、わたしにはわからない。


「ツバサくんとは違って、相手の人は俺より七個年上で、当時の俺の家庭教師だった人。甘い格好がすきでいつもやわらかい雰囲気を持っていて、俺の方が年上じゃないかって錯覚するくらいかわいい人だった―――その人がすきで、すきで、すきで、自分でもその気持ちが治まらなくて、だめもとでぶつかったら応えてくれて、俺の初体験もその人」


初体験という言葉で連想される行為。
思わずわたしは俯いてしまう。
憧れもないわけじゃないし、処女としては興味がないわけでもない。
けれど、嫌悪感が先に立ってしまう。
わたしは何度か、男性に襲われそうになっている。


「その年の若葉夜祭りで、ある大惨事が起こったんだ。チヅルちゃんもその事故で、同級生を亡くしているよね?」


塩谷さんがにっこり笑った。
三日月のように。
ただ目の奥が、氷のように冷たい。


(ああそうか、わたし、責められるんだ)
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