製菓男子。
市立病院の整形外科は本館四階にあった。
そこの四人部屋にツバサが入院している。
ツバサはベッドの上で胡坐を組んでくつろいでいて、「キラリ」というメンズファッション誌を捲っている。
随分小生意気になったものだ。


「オバサンは?」
「んー、母ちゃん? 着替え持ちに帰ってるよ」


ツバサは雑誌から目を離さない。


「お客さん、連れてきたけど」


その声でやっとツバサは顔を上げた。


「あ、ゼンくん、こんにちは」
「気づくの遅い」
「声でわかってたって」


ベッド同士を間仕切っているようなカーテンが揺れて、僕の後ろから恐る恐る藤波さんが顔を出した。
ツバサが軽く頭を下げると藤波さんは全身を現し、直角にお辞儀をする。


「ごめんなさい」


藤波さんが謝ることではないとやはり昨日から藤波やミツキと三人がかりで散々言っているのに、聞き入れてはもらえない。
ツバサはそんな様子の藤波さんに大慌てで、ベッドから転げ落ちそうになっている。
それを支えてやると、当たり所がわるかったらしく、盛大に痛がった。
藤波さんの顔は蒼白で、このあとのフォローを考えると僕はいろいろと面倒になってくる。


「これ以上謝るとツバサが困る。“ごめんなさい”は禁句」


それに対して「ごめんなさい」と謝るところが、やっぱり藤波さんだ。
「だから」と揚げ足を取りたくなるのだが、堂々巡りになりそうなので堪える。
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