あなたが教えてくれた世界
「あ……いえ、こちらは平気ですからどうかご心配なく」
相手は慌てふためいたが、彼女はかまわず 続けた。
「そのようなわけにはいきません。こちら の不注意が原因なのです。せめて詫びの品 くらいは受け取って下さい」
「本当に、思いだけで充分ですから……」
リリアスは、周りの注目を完全に握ったと 見て、ようやくひく事にする。
「そうですか……?誠に、失礼いたしまし た」
「本当に、お気になさらないで下さい。こ ちらは大丈夫ですから……」
「わかりました……」
リリアスはもう一度頭を下げて彼らから離 れた。今更ながら、カリナルセ伯爵の慌て ぶりが可笑しく思えてくる。これは彼の大 きな醜態になるはずだ。
ここまでやれば、彼はしばらく宮廷で目立 った行動を起こせないだろう。
また、今も観衆の注目が尾を引いている中 で、国家転覆の相談など当然できないはず である。
彼女は満足しながら席に戻り、新しくとっ てきた料理を食べ始めた。
「──恐れながらお嬢様、お食事にご一緒 してもよろしいですかな?」
突然声をかけられ、ついつい気を緩めてい たリリアスは肩を強張らせる。
混乱する頭の中で、もしかして挑発に怒っ たシドニゥス公爵が反撃に来たのかと半ば 本気で考えたが、顔をあげると、そこには 思いもよらない人物がいた。
リリアスの中で今日最も警戒している人物 ……プラニアスのセントハーヴェス侯爵だ った。
「……こ……侯爵……」
なぜ、どうして、どうしよう、そんな疑問 符ばかりが次々と頭をかすめ、結局口に出来たのはその一単語だけだった。
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