あなたが教えてくれた世界



あれほど話したいと願っていた母親だった のだが、今、リリアスの中に残るのはなん とも言えない喪失感だけである。


だから、そこですぐにお呼びがかかったの は彼女にとっても幸いだった。


「リリアス王女様」


声の主は、黒塗りの礼服を着た年配の男性 である。執事だろうか。


「何でしょう」


リリアスは怪訝に思いつつ尋ねる。ここで は、執事と言う存在自体が珍しかったのだ 。


「上の部屋にいらして下さい。父君がお待 ちです」


彼女は瞬時に、先ほど侯爵と父親がホール 奥に行っていたのを思い出した。それから 謎のウインクも。


それは皇王が、リリアスに個人的な用事が あるということだろうか。


「どういったご用なのです?」


答えを期待しているわけではないが、一応 執事に訊いてみる。


しかし、やはり返事は予期した通りのもの だった。


「それはご自分でお確かめ下さい。私は伝 言を仰せつかっただけですので」


「……わかりました」

彼女は少々諦めつつ男の後に続いた。いく ら父とも言えど皇王陛下なので、誘いを無 下に断るわけにもいかないのだ。


ドレスの裾に気をつけながら階段を上りき って二階に立ってみると、階下の喧騒が殆 ど届かない事に気付いた。


全体的な雰囲気も重厚で品が良く、なるほ ど晩餐会に疲れた者の休憩の場に適してい ると言える。


リリアスが通されたのはその一番奥の大き な部屋で、そこには三人の人物がいた。


一人は、もちろん彼女を呼んだ父親、皇王 フレグリオ。


もう一人は父と近い年齢の男だ。記憶を探 ってみると、確か父の旧友で軍の将校を務 めるレオドル・ド・ラングレイという人だ 。



        ─40─
< 40 / 274 >

この作品をシェア

pagetop