エリート外科医の甘い独占愛
香り立つコーヒーになぜか顔をしかめた彼女をみて、私は若干の違和感を感じた。でも、それが何かを考える余裕が今の自分にはなかった。
「そんな、身勝手すぎます。院長は私か卓……広岡先生を異動させるつもりなんです。もしかしたら、広岡先生は遠くの病院での勤務を強いられるかもしれないですよ?どうするつもりなんですか!?」
私は怒りで震える拳を握りしめて、彼女にそう訴えた。
なのに、向きになる私をあざ笑うかのようにクスリと笑ってみせると私を真っ直ぐに見つめて言った。
「そう。ならあなたがいなくなればいいんじゃない?さっきから自分の事は棚に上げて私ばかりを責めるけど、もともとはあなたがいけないんじゃない。早く別れてどこか遠くに行ってほしいわ」
「――……っ」
触れられたくなかった部分を、ダイレクトに突かれて私は言葉に詰まった。
そんな私に勝機を見出したかのように、彼女は饒舌に語る。
「私は卓くんの異動を阻止できるわ。パパに頼めばそのくらいのことは出来るのよ。分かる?卓くんから泣いて頼んでくるまではするつもりはないけど」
ティーポットからガラスのカップへハーブティーを注ぎながら彼女は言った。
「親の力にものを言わせるなんて最低」
精いっぱいの強がりだった。でも、次の瞬間に私に一切の勝ち目なんてないと思い知らされる。
「なんとでもいえばいいわ……3カ月なの」
「え」
「妊娠してるの、私。卓くんの赤ちゃんがここにいる。つわりが思ったより酷くて、強い匂いが特にダメ。こうしているのもけっこう辛いの」
そういって見せつける様にまだ膨らんでもいない下腹部を、さも愛おしそうに撫でて見せた。
「……うそ」
「うそなんてつかないわ。私だって真剣なのよ。この子に罪はないわ。だから幸せを奪わないで欲しいの……お願いだから」
そう懇願する彼女の必死さが、子を思う母親のものなんだと知ってしまったら、心が張り裂けそうになった。