エリート外科医の甘い独占愛
数日後、私は院長室の扉を叩いた。
「失礼します」
「野島さん、どうしました?」
「実は、お願いがあってまいりました」
辞表を差し出しながら、私は院長にこう切り出した。
「私が退職します。だから、広岡先生は異動させないでください」
院長は一瞬驚いたような顔をして、静かに頷いた。
「どちらかが、という条件でしたから。あなたがそれでいいというなら、広岡先生にはこの病院に残ってもらっても構わない」
「ありがとうございます。それと、退職日ですが可能な限り早めて頂けますでしょうか」
「……人事に、検討させましょう」
「はい、恐れ入ります」
私が深々と頭を下げ、院長室を後にした。
心は晴れやかではなかったけれど、おそらくもう、私の中に迷いはなかった。
卓志とはあの日以来連絡を取っていない。
着信拒否をしていたわけではなかったけれど、私の携帯電話が鳴り出すことはなかった。
院内では、多くの人の好奇の目にさらされて業務上の会話ですら憚られる状態だったから。
卓志の事を嫌いになったかと聞かれれば、答えはNO。
でも、父親になる彼の事を今まで通りに求める気持ちにはなれなかった。
不思議なくらい彼への熱い思いは冷めてしまっていて、だからといってその気持ちを分析することは辞めにした。
これでいい。このままで。