みだりな逢瀬-それぞれの刹那-
さっきの一件で髪がボサボサになっていたのだろう。彼の手が乱れを優しく整えてくれる。
「利用するならすれば良かったのに……」
「利用?誰が?」
ピクリ、眉根を寄せてその手を止める彼を真っ直ぐに捉えて口を開いた。
「早水が、よ!義務感で居たくせに!」
「それは約束だからでしょう」
「…っ、ほら!」
当然のように言う彼に圧され、そこで声に詰まってしまう。
「菊川社長との約束でした。――貴女がひとり立ちするまで部下として徹して欲しいと」
「やっ」
「その後は、好きにしてくれとね」
「……え?」
「そもそも入社したのは、父の友人だった菊川社長に話を頂いてのこと。
跡継ぎがいないから俺にどうだ?と誘って下さり、入社直後から彼について学ばせて貰っていた最中でした。ご体調が優れなくなったのは」
彼の手は呆然とする私の頬へと移り、包むようにそっと撫でている。