みだりな逢瀬-それぞれの刹那-
だけど、今日はここで愚痴る言葉が見つからない。さっきまでの怒りは何処へ行ったのだろうか。
ただ彼の優しさを独占している気がして、ほんの少し優越感に浸っていたいのかもしれない。
「妹にぶちまけたら少しはスッとしたみたい。“余力”は皇人に残しておくわ」
そんな想いを言えるはずもなく、怒りを保存中かのように誤魔化す。
どっちつかずな自分を嘲笑すれば、彼は「そうですか」と口を閉ざした。
確かに父不在の状況で入社した私は、彼のサポートなしではどうにもならなかった。
ううん、違う。この7年間ずっと、彼のお陰で乗り越えられたも同然。
手放すんじゃない。私から解放してあげる時はとっくにきていたのだ。
パーティー会場は里村家の経営する高級ホテル。到着まであと3分もないだろう。
「早水」
「何でしょう?」と、いつもと同じ落ち着いた声が返ってきた。
もはや当たり前になっているこのやり取りは、弱気な心を易く躊躇わせる。
7年もの歳月はあまりに長すぎた。それほど大切な存在だから苦しくなる。
結局なかなか口に出せずいると、目的のホテルが見えてきてしまった。
早く言わなければという焦りが、言葉を述べるパワーに変わっていく。
「今日限りで良いわ。――ありがとう」
何とも陳腐なセリフしか吐けなかった。隣を見ることも、頭を下げることも出来ずに。
伝えたいことは山ほどあるのに、なぜ思いを言葉に変換できないのか。
お世辞ならば幾らでも吐き出せるクセに。どうして誰よりも大切な彼には、感謝の意さえまともに伝えられないのだろう……。