みだりな逢瀬-それぞれの刹那-
でも、ただひとつ違ったことがある。
――禁句の“ありがとう”を口にしたのだから、賢い早水は私の意を汲んで理解したはず。
車内は一瞬で気まずい雰囲気に変わったが、毅然としていられたのはこの数年の成果かもしれない。
「なぜ?」と、返ってきた彼の声色に変化は見られず、少し残念に思う自分がいた。
「タイミングを計ってたの。“そちら”は言えないでしょ?」
するとそこで、いつも変わらずにいた涼やかな横顔が微かに動揺を見せる。
「そうですか」
それは幻だったのか。一瞬のうちに表情は戻り、淡々とした声で言われてしまう。
思わず開きかけた口を、グッと堪えるだけだ。――私は何を期待してたの?と。
悲しいとか辛いなんて思う権利は1ミリもなかった。
絶対的なものを手放すと決めたのは自分だから……。
車をエントランスに横付けしてホテル従業員に預けると、私は早水と無言で会場を目指す。
パーティー参加も良いわと言って、あのまま帰してあげるべきだったのに。
今日が最後と言い訳して彼を連れてきてしまった。本当にズルいのは私の方だ。
そんな罪悪感と申し訳なさをひた隠しにすると、彼の隣でずっと無表情を貫いていた。