奪取―[Berry's版]
 今までも、絹江の行方を探ろうと考えたことはあった。だが、喜多は実行に移すことはなく、踏みとどまってきたのだ。会ってどうなると。若い頃とは違い、社会的地位を中途半端に手に入れてしまった今の自分は、恋愛すら出世するための手段に他ならない。若い頃に夢見た、甘い思いを追いかけて、愛だけを胸に生きることが許せるほど世の中は甘くないと。喜多は既に知っている。
 だが、喜多の脳裏には、数年前の祖父の言葉が蘇る。
 ――時が来る、必ず。

 数週間後、喜多の元に、再び春花からのメールが届く。場所は、いつものホテル。
 大きな歩幅で廊下を突き進み、僅かな時間をももどかしく感じるほど、喜多は慌しくドアを開けた
< 134 / 253 >

この作品をシェア

pagetop