奪取―[Berry's版]
 本来ならば、引き受けたくもない依頼であるが、断るには少々分が悪い。一刻も早く、この一件を片付け、愛おしい思う絹江との時間を夢見る。絹江に真実を語れないことに、少しだけ胸を痛めつつ。

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 桜の季節も終わりを告げ、そろそろ袷の着物では暑く感じる日も増え始めた5月半ば。絹江は教室のあるビルの前で、いつものように最後の生徒を見送っていた。車のライトやネオンが眩しく感じる日が落ちた景色。小さくなってゆく生徒等の背中を見送りながら、絹江は思わず周囲へ視線を移していた。無意識ではあったが、期待していた存在が見当たらないことに酷く落胆し、気付く。
 何を待っているのか、と。
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