富士山からの脱出
箱根の真実
四人は芦ノ湖を見つめながら立ち尽くしていた。
数分後、水面と同じ沈黙を破ったのは山下だ。
玄関を躍り出て車道に歩き出し、そして振り返った。
翔を手招きして呼んでいる。
「今、行きます」

翔、千夏、快晴は一緒に車道へ出て振り返った。
「何で、このホテルだけ電気が消えているの?」快晴が言う。
「山下さん、停電はホテルの設備が壊れただけなんですね」
両隣のホテルには明かりが灯っている。
大災害を予想していた翔にとっては驚きだった。
「そうらしいな」山下も同意する。
「私はホテルの人に状況を確認しますので、山下さんは地震について調べて貰えますか?」
「実はパソコンがバッテリー切れで使えないんだ!」
「それならば、私の車から電源を取ってください」
山下に愛車の鍵を渡して「快晴、使い方を教えてあげなさい」
「山下さん、行こう」快晴が案内をする。

翔は快晴が戻って来るまで考えを巡らせていた。
(まずは停電の原因だな。ショートして火が出たら大変だ)
(その次は地震の規模だけど、予想よりも小さい地震なのかも)
快晴が走りながら戻ってきた。
「よし、二人は部屋に戻って動かないでくれ」
「えぇ~」快晴が不満な声を上げる。
「分かったよ!快晴は部屋で地震の情報を集めてくれ」
「それなら良いよ」
「iPhoneの電池は十分か?」
「予備の乾電池と充電器を車から持ってきたよ」
快晴の手を見ると非常用リュックが握られている。

ホテルの中に入り二人は部屋へと戻って行く。
翔は先ほどの女性を探したが既にロビーにはいなかった。
(戻ったのだろうか?)
フロント見るとホテルの従業員らしき人を見つけた。
「ホテルの方ですか?」
「はい」
「怪我人は?」
「お客様の怪我人は聞いておりません」
「停電の原因はわかりましたか?」
「停電は当館だけみたいです。他の旅館やホテルには明かりがついていますので」
(状況を分かっているので大丈夫だ)
「宿泊客への説明はどうなっていますか?」
「今準備しています。これから各部屋をまわって説明する予定です」
(申し分ない対応だ。これなら大丈夫だ)
「暗いと不安になるので、できる限り早めにお願いします」
「分かりました」

翔はホテルを出て愛車へと足を向けた。
山下は広い後部座先に座っている。
翔は運転席に座り状況を聞いてみた。
「山下さん、何か分かりましたか?」
「矢橋さん、2つのことが分かりましたよ」
「1つめは気象庁から地震の発表が無いこと」
「2つめは芦ノ湖周辺以外は揺れていないこと」

翔は平然と聞きながら「先日も同じようなことがありましたね」
山下が続ける。
「自社の地震に詳しい担当者からの情報なのですが、
静岡県には気象庁の地震計が17カ所あります。
しかし、箱根には1つも地震計が無いそうです」
「えっ、そうなんですか?」
「火山学会の地震計は設置されていますが、これは微動地震観測用らしいです」
「それでは、今回のような地震が起きても発表はされない!」
「その通りです」
「気象庁はプレートが移動するような地震に対しては観測できますが、
今回のような火山性の地震に対しては観測点が少な過ぎです」
「少ないというよりも気象庁の仕事とは考えていないのでしょうね」
「山下さん、ありがとうございました。部屋に戻るので充電が終わったら連絡ください」



薄暗い明かりの中で快晴がiPhoneを眺めていると、
(ガチャッ)
ドアの方から音がして翔が入って来た。
「二人とも大丈夫か?」
「うん」快晴が頷く。
「何か分かったか?」
「全然ニュースになってないよ。でも、ツイッターだけはどんどん更新されているけど」
「例によって気象庁の発表は無いしね」

翔は山下から聞いた地震計の話しを快晴に伝えた。
「そうだったんだ。それなら気象庁の謎も説明できるね」
「ツイッターでは何と言ってる?」
「富士山じゃなくて箱根が噴火するって騒いでいるよ」
「直ぐに逃げろとか言っているし。お父さん、大丈夫かな?」
「慌てるのが一番良くない事だよ。明日は箱根を離れるから気にするな」
「そうだね」
「今日は布団を出して横になろう。疲れたよ」

横になってiPhoneを眺めているとメールが届いた。
(山下さんからだ)
メールの内容は”充電完了。ロビーで待ってます”
横では快晴がiPhoneをつけたまま眠っていた。
< 11 / 20 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop