富士山からの脱出
目的地
リ~~~ン!、リ~~~ン!
突然、部屋の電話が鳴った。
翔は眠い目をこすりながら受話器を取った。
「フロントですが、8時に電気が復旧しますので電気製品のコンセントを抜くようにお願いします」
「分かりました」
「それと朝食なのですが、ロビーでおにぎりやパンをご用意させて頂きましたので、ご自由にお受け取りください」
「何かありましたら直ぐにフロントまでお電話をお願いします」
ホテルでは朝食を作れなかったので、朝食をコンビニで買ってきたみたいだ。
受話器を置いてから「お~い、あと1時間で電気が復旧するってさ」
「みんな起きろ!飯だぞ」
快晴が飛び起きて「腹減った~」
窓越しに外を見ると青空に映える富士山が懐かしく思えた。

三人は明るくなった階段を下りて1階のロビーに着いた。
売店の入口にブルーシートが張られているが、その他は片付いている。
「夜の間に掃除したんだね」と言いながら、快晴が朝ごはんの前に駆け寄った。
並べられたテーブルの上には、おにぎり、パン、コーヒー缶やジュース缶が並べられている。
その横ではホテルの従業員が大きな声でお詫びと状況説明をしている。
翔は説明を聞かずに従業員から紙だけを受け取った。
(後でゆっくり読もう)
「快晴、俺の分も持ってきてくれ」
「何でも良いの?」
「任せるよ」

部屋に戻った三人は戦利品である朝ごはんを広げて食べている。
翔はロビーで受け取った紙を見ながら、
「昨日の停電は地震でホテルの設備が壊れたのが原因なんだって」
「そうだよね。他のホテルの電気は点いていたからね」快晴がおにぎりを食べながら言う。
「重要なことが書いてあるぞ!今回の宿泊料は無料にしてくれるらしい」
「やった~!でも、最初から無料宿泊券だよね。どうなるんだろう?」今度はパンをかじりながら快晴が言う。
「そっか、無料宿泊券が無料ってどうなるんだろう」翔が笑った。

朝食を食べているとテーブルの上にあるiPhoneが鳴ったので千夏が覗き込む。
「山下さんからのメールが来たよ」iPhoneを翔に手渡した。
「9時にロビーで会いたいらしいよ。荷物をまとめて、みんなで行こうか?」
「その前に今日の予定はどうするの」快晴が心配そうに言う。
「そうだな、このまま東京に帰るか?」
「えぇ~、大丈夫だよ。大涌谷の地震と同じで、ここが揺れただけだからさ~」
快晴が必死になって言っている。
「それじゃ、予定通りにもう一泊するか?」
「当然だよ!もう一泊決定」完全に快晴が仕切っている。
「それなら急いで移動する準備をしよう。快晴も急げよ」



出発準備が終わった快晴が暇そうに富士山を眺めていた。
「お父さん、先にロビーへ行っているね」
「あと10分だから待てよ」
「良いの良いの。だから先に行ってるからね」
「分かったよ。自分の荷物は持っていけよ」
自分のリュックと避難袋を抱えながら快晴が出て行った。
「相変わらず落ち着きが無い奴だな」
「翔に似たんじゃないの?」当然のように千夏が言う。
「俺はいつも落ち着いてるよ」
「さて9時になった。出発しようか」
残された二人も荷物を抱えて部屋を出た。

ロビーに着くと快晴と山下が楽しそうに話している。
「山下さん、おはようございます」
「昨日は本当にお世話になりました。特に快晴君は私の命の恩人ですから」
「そんな大それたことではありませんよ。気にしないでください」
「それと、何か新しい情報はありますか?」翔が聞いてみた。
「新しい情報はありませんけど、揺れたのは芦ノ湖周辺だけみたいです」
「凄い揺れに感じましたが、震度も分からないのですか?」
山下が申し訳なさそうに、
「自社にも確認しましたが何の発表も無いので無理らしいです」
「矢橋さんはこれから帰るのですか?」
「実はもう一泊する予定です。泊まるのは須走ですけど、山下さんは?」
「私は取材が仕事ですので、もう少し箱根に留まります」
「箱根は色々なことが起こっているで気を付けてください。機会があればまたお会いしたいですね。それではこれで」
「快晴、行くぞ」
「は~い、山下さんバイバイ」

三人は愛車へと向かった。
翔は車のドアを開けながら一泊したホテルを見上げる。
(危険な箱根とはこれでお別れだ)
快晴が助手席に乗り込みながらドライブレコーダーをセットする。
翔はドライブナビをFISCO(富士スピードウェイ)に合わせた。
「FISCOまでは90分掛かるから寝てて良いぞ」
「やだよ~」快晴が反抗する。
そんな会話に関係なく、芦ノ湖の景色が左側をゆったりと流れている。
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