せんせい
少女の嘆きは止まらない。
「はぁ…教科書に載ってたから簡単でいいやと思ったのに…なんで“先生”、死んじゃうの? どうやって感想文書けって言うのよー!?」
以上の叫びから察するに手に持っている文庫本は『こころ』か。余程苦しいのか、円らな瞳には涙さえ浮かんでいる。
それもそのはず、今日は8月31日。つまり大方の中学生にとっては夏休み最後の日である。
今時8月31日に「宿題やってない!」と泣くなんて、ちびまる子ちゃんか野比のび太くらいのものかと呆れる向きもあろう。しかし、昔から幾度となく繰り返されてきたが故に、「またか」というステージを超えこれにはもはや様式美のようなものすら感じてしまう。
…話が逸れたが、兎にも角にも昌子はいまこの古典的かつ危機的状況に置かれている。
「…せんせい…」
繰り返して言うが昌子の姓は森ではない。
なので、この後に「まーこ!」などとうっかり合いの手を入れて貴方の年齢をカミングアウトしていただく必要はない。
あくまで、これは夏休みの読書感想文に悪戦苦闘する少女:森ではない昌子の物語である。