せんせい
昌子はリビングの椅子から立ち上がり、パラパラとページをめくる。
結局のところ彼女が面白く読み進められたのは、学校で学んだ最後の章《先生と遺書》だけであった。
授業中は「先生」と「K」の息の詰まるような問答に興奮を覚えた。が、いざ文庫本を買って読んでみると教科書には登場しなかった「私」なる青年が主人公になっているではないか。昌子が思わず「あんた誰?」と発したのも無理はない。しかもダラダラと起伏のない日常が綴られるばかりで、一向に面白くないのである。途中で放り出すのに、そう時間はかからなかった。
「あー…ダメ、何も出てこない…」
ソファに沈み込んだ昌子の手から文庫本が床に落ち、パサッと軽い音を立てた。しかし本は放り出せても、宿題はそうはいかない。重い。重いのである、果てしなく。
そもそも昌子は小学生の頃からこの読書感想文というものが苦手であった。
“わたしは、この本を読んで、とてもおもしろいとおもいました。”
というお約束の一文で始まり、最後はどんな内容の本であっても
“だから、戦争は、絶対にしてはいけないことなんだと思いました。”
でシメる。
『ごんぎつね』『走れメロス』『銀河鉄道の夜』…数々の名著が昌子によりバッタバッタとなぎ倒されていった。
南吉や太宰、賢治が一体いつこれらの作品を通して反戦を訴えたというのか。化けて出られそうな暴挙である。
作家や作品にとって、また児童にとっても、強制的に書かされる夏休みの読書感想文はもはや悲劇以外の何物でもない。